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霊山歩 ~マンネリズムの彼方へ

男のための中年期からの健康法・アンチエイジング・散歩・登山・家族・ミステリー・etc

最近切れやすい老人になりそうな自分が怖い~切れやすくなった理由を考えてみた

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最近は「切れる老人」というのが社会問題になりつつあります。61歳になった管理人は爆発することはないけど、昔よりも(切れやすく)なっている自分に気が付くことがあります。

今朝も通勤電車の中で(車内放送よりも大きな声で)会話している男の声には頭にきました。電車に乗る時に隣の入り口にちょっと空いている空間があったのでそちらに乗ったのが運の尽き。

管理人は4駅しか乗りませんが、その間をずっと怒鳴るような大声で話していましたね。年齢は30歳位だったかな。話し相手は同じく30歳位の女。その女の話し声もそこそこ大きい。

どうりで空間が空いている訳だ。うるさいから嫌な人は遠く行って避けたから、その場所だけガランとしていたということ。会話は部長がどうのこうのでムカつくとかのネガティブな内容。

聴きたくないつまらない話を大声で話しているものだから、本当に不愉快ったらありゃしないという感じでしたね。その後はさらに混雑が激しくなってきたのに話し続けているアホでした。

さすがに不愉快なのは管理人だけでないようで、近くにいた人は皆さん不愉快な顔をしていました。管理人ですが(うるさい)と喉まで出かかったけど、何とか自重して我慢しましたよ。

そんなこともあったので、今日は(切れやすい老人)の話をしようかと。管理人も毎日の通勤で切れそうになることが頻繁にあります。確かに若い頃よりも不快な気分になることが多い。

(切れやすく)なる原因の一つに「自己制御をコントロールする前頭葉の老化の始まり」という見解があります。気が付かないうちに知らない間に老化現象の一つに上げられていました。

脳の老化。嫌な言葉ですね。老化なのか、どうなのか、相手が自分の脳だから自分では判断出来ませんね。ボケた頭でボケた頭は分析出来ない。こればっかりは自己判断は無理です。

他の人の記事を見ると(老化現象)という決め付けが多いのですが、単純に(切れる=老化現象)と決め付けられたら老人が可哀想です。管理人的には別の理由も多くあると思います。

このブログでは(切れる=老化現象)という方程式を棚上げにして、切れる原因を普通に考えて分析してみようと思います。(切れる=老化現象)と簡単に結びつけることに異議ありです。

この話題は初老の管理人にとっても目前に迫り避けられないことで、他人事として傍観スルーは出来ない。老人の名誉を守る意味でも、管理人目線での老人側の意見を語ってみようかと。

自分自身を振り返りよく観察してみると、若い頃にはだらしがない部分が多くあったのに、加齢とともに(几帳面)に変化しているようです。(いい加減)が(厳格)に変化ですね。

一昔前だったら(子供から大人になった)と賞賛されたことですが、現代だと(ジジイになって頑固になった)とか(融通が利かない)等といわれてしまいそうです。

そのへんの変化が、(昔は気にならなかったことが)(加齢が進むと気になるようになってきた)という気持ちの変化につながります。←コレ、結構重要なポイントです。

若い頃には気が付かなかった「美意識」も加齢とともに目覚めてきます。詫・寂(わびさび)や木々や花の可憐さ等は、管理人は中年になってようやく分かりかけてきた次第。

今と若い頃とは感動する対象も美しいと思う対象も違います。とにかく感性がかなり変化します。成長すれば(真面目)(常識的)(気が付く性格)になっていくのは当然のことです。

いい加減が(真面目)になって(常識的)に(気が付く性格)になると、それだけ色々と目に付いて気になるようになります。今までは何でもなかったことが気になるように変化します。

キチッとしている人がだらしがない人を見たら不快に感じますよね。若い頃にスニーカーの踵を潰してサンダル履きをしたことがありましたが、それを今見たら(何だアレは)となります。

満員電車の中で他人に迷惑をかけてもスマホ操作だけは止めない人、優先席でも平然とスマホ操作をする人を見るとムカッとします。管理人は他の人の迷惑になるようなことはしません。

満員電車や優先席では絶対にやらない。ルールは守ります。大人になって厳格になりましたからね。でも若い頃の管理人ならば同じようにルールは守らず同じ事をするだろうと思う。

そう、年齢を重ねて成長して常識をわきまえるようになった結果、非常識で自分勝手でいい加減な者のする行動や言動が気になるようになります。何故かそういうのが目に入ってくるのです。

加齢とともに美意識が変化するのと同様に、そういうのも色々と見えてきてしまうのでしょうね。これは老化とは言わず進化だと思います。でも色々と見えてしまうから不快にもさせられる。

(今まで無関心で気がつかなかったはずの)だらしがない姿や自分勝手な姿を、見れば見るほどストレスがどんどん溜まります。そして気が付くと腹が立ってムカついている自分がいる。

ここまでは多くの中年期以降の人が経験する精神活動です。ここで我慢すれば(切れやすい老人)にはなりません。では、その不快な感情を表に出して「切れる」のは何故でしょうか。

それは年齢が高齢に進むにつれて(上から目線で注意してくる目上の者が減るから)ではないかと考えます。例えば親もいない年上上司もいないという環境では誰も何も言ってこない。

要するに年齢的に指導されたり注意されなくなる立場になるので、簡単に言えば(あんたが大将)のような勘違いに陥ってしまう。そこで(遠慮)という歯止めが外れて切れてしまう。

何でもかんでも(上から目線)で物事を見ているから、何か目につくことがあると激怒暴言暴力。有り得ない話ですが、もしその場に両親や師匠が登場したら急に大人しくなるかもです。

管理人も自問自答してみると(指導する立場である)→(上から目線で見る)→(あんたが大将状態になる)という精神活動を起こす時があります。そうなると怒りを抑えるのに一苦労。

若い頃は(半人前)だからという意識があって「謙虚」に生きてきたけど、中年以降は(一人前)になったのだからモノは言わせてもらうぜ、という意識が強くなると切れてしまうのです。

上から目線のみに執着すると(間違いにも気が付かなくなる)危険があります。自分が間違っているのに怒るのは最低な行為です。先ずは「冷静」になって「謙虚」にならないといけない。

ということで、老人も「冷静」さ「謙虚」さを忘れなければ(切れる老人)(老化現象)なんて言われなくなるかも知れません。何でもかんでも(老化現象)なんてとんでもない誤解ですよ。

管理人も(老化現象)なんて言われないように気をつけないとです。

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